図表にするとわかりやすい

ボリュームが多いので、ざっくり見て頂きたいですが、文章の方は細かく書いてあり、沢山情報が入っているため逆に分かりにくく見えます。表にすれば、全体の流れが分かる例です。

元の文章は(引用元;世界史の窓
「 1940年4月、ドイツは西部方面でも侵攻を開始、デンマーク・ノルウェー侵攻についでオランダ・ベルギーに侵攻し、フランスに迫った。
この段階でムッソリーニ政権下のイタリアがドイツ側に参戦した。ドイツ軍は6月にパリに到達してフランスを降伏させ、フランスはヴィシーに親独政権が成立した。
イギリスではチャーチル首相に代わり、大陸のイギリス軍はダンケルクから撤退したがイギリス本土への激しい空爆(バトルオブブリテン)に耐えてドイツ軍の上陸を許さなかった。
この間、アジアでは日中戦争が継続しており、日本軍は重慶の?介石政権を屈服させるため、1940年9月、フランス領インドシナ進駐(北部仏印進駐)を実行し、
イギリス、アメリカとの対立が深まった。同月、日独伊三国同盟が結成され、日本はアメリカを仮想敵国とすることを明確にした。

第3期:独ソ戦と太平洋戦争の開始
 1941年4月、ヒトラーは方向を転じて、バルカン侵攻、さらに6月に独ソ不可侵条約を破棄してソ連に侵攻(バルバロッサ作戦)、独ソ戦が始まった。
アメリカは中立を維持していたがファシズムの強大化に危機感を抱き、1941年3月には武器貸与法を成立させ、イギリス支援を明確にした。
さらに41年8月、F=ローズヴェルトとチャーチルは大西洋憲章を発表して、ファイズム国家に対する戦いという戦争目的で一致し、戦後の国際平和機構の再建で合意した。

 一方のアジアでは、日本は日中戦争の打開のため、大東亜共栄圏構想を打ち出し、
1941年4月に日ソ中立条約を締結した上で、アメリカ・イギリスとの戦争を決定し、
12月8日に真珠湾攻撃を実行して太平洋戦争が始まった。これによってアメリカ合衆国の参戦の大義名分が与えられ、ここに連合国陣営と枢軸国陣営による世界大戦に拡大した。
日本軍は東南アジアに急速に勢力を拡大、香港、マレー半島、マニラ、シンガポールを占領、さらにインドネシア・ビルマに侵攻し、占領地に軍政を敷いていった。」

1940年1941年
4月
9月3月4月6月8月12月
ヨーロッパ独はデンマーク、ノルウェー侵攻ソ連侵攻大西洋憲章
オランダ・ベルギー侵攻、フランスへ日独伊三国同盟バルカン半島侵攻独ソ戦
 米英結託
英チャーチルが首相へ日ソ中立条約
独英本土激しい空爆、上陸許さず
アジア~日中戦争日本
仏領インドシナ進駐
アメリカ日本
武器貸与法真珠湾攻撃
イギリス支援大西洋戦争

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