本音が話せない人には本当の友人はできない。

他人と話したときにかなり大胆に本音を話したらどうなるでしょう?
本音を話した相手から、あることないこと自分の噂話が広がるかもしれません。
他人のあらや悪口を聞いたら、
聞いている方も居心地が悪くなるかもしれません。
だからあたりさわりのない話をするのが処世術であり、
初対面の人や会社、町内会の人に対してはそのようにふるまうでしょう。

しかし、あることについて自分がどう思っているのかを本音で語らない人には真の意味での友人や伴侶は作れないと私は考えています。友人や伴侶となる人と出会ったときに、なにか共感するものがなければその人と親しくなることは難しいからです。その人の考え方のみならず、他者に対しての態度や生き方も相手に対しての尊敬共感の対象になるはずです。そのためには、お互い少しずつ自己開示をし、本音を語る必要があるでしょう。

企業の創業者と話したとき感じた彼らの特徴の一つは、ご本人も本音を語り相手にも本音を語らせる努力をするということです。実際あまりに本音で攻めてらして、ぐいぐい自分との境界線を踏みこんでくる質問にかなり驚くこともありました。
良くも悪くもかなり強烈な個性を持った方とも言えます。とても魅力的な人が多い。
彼らの多くは、自分が初めて会った人と本音で話し、相手がどういう人が最速で判断しているんだと思います。
自分が共感した人ならつきあうし、そうでなければつきあいません。

私たちも折りを見て、自分の周りにいる大事な人たちには腹を割って本音で話す必要があると思います。
いつもいつも本音で話さなくていいけれど、相手に伝えなければならないこともある。
相手がどう考えているのか?
何をされたら嫌なのか、どうして欲しいのか、どうしたいのか、
お互いはっきり意思を伝達する必要があるでしょう。
そうでなければ、相手と自分の境界線を正しく認識することができず、お互いの信頼関係を築くこともできないでしょう。

境界線をあいまいにすることは、相手に対して失礼であるように思います。
自分の意見を言って嫌われたくないとか、相手に対する遠慮から話や説明をしないのは、単なる逃げなんだと思います。
おそらく相手の否定的な反応を見るのが怖いのでしょう。

私たちはひとりひとり違う人間です。
意見が異なることもあるでしょうし、自分が思いもよらないことを相手が感じていることもあるでしょう。

表面だけをなぞる関係は、居心地がいいかもしれないですが、
相手が何を考えているか分からないまま維持する関係は不健全に思えます。
夫婦になってもそんな距離を保ったまま、ずっと暮らしている人も沢山いることでしょう。

逃げ場のない島国日本だから、人間関係には常に逃げが必要でしょうか?
自分の大切な人から逃げてばかりいると、いつか信頼関係が壊れていくことになると思います。

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