金にならない文系学部は必要ないのか?

下のリンクは、以前問題になった文部省の通達についての記事です。これからは産業の発展に直接プラスになる理系学部を重視し、文系学部は削っていくという誤解(?)をされ、問題になった話です。
http://www.sankei.com/premium/news/150907/prm1509070006-n2.html
赤字ばかりの日本は教育に掛けるお金も限られていて少子化もあるから一番手っ取り早く成果が目に見えるところにお金を掛けるという発想でしょうか?
今金になっている産業を支えてくれるような学部だけの大学になったらどうなるのか想像できないのでしょうかね?
アメリカの大学は、専攻と別に副専攻を選べると聞いてます。
それはどうしてか?煮詰まったときに別の発想をもたらしてくれるのが一般教養だからだと思います。人生も豊かにしてくれます。

ヨーロッパのliberal arts(教養)はどんどん専門細分化してしまい、一つ一つの学問が離れていってしまいましたけど、ルネッサンスの頃は一つだったと思います。ルネッサンスの万能の天才、レオナルド・ダ・ビィンチを思い起こせば、分かりますよね。

少々脱線しますが、この前Walter Isaacson氏のインタヴューを聞いてみましたけど、この方のレオナルド・ダ・ビィンチのお話はとても面白かったです。 〈英語で全部聞くのは結構厳しいです…アイロン掛けながら適当に流すのがいいです。>CNNの会長やTimes紙の編集者であるアイザックソン氏がレオナルド・ダ・ビィンチについて熱く語っていることが素晴らしいと思います。「教育は好奇心を刺激するもの」だと。

ルネッサンスのコンセプトは古代ギリシアの再興ですよね。ルネッサンスの時代には、古代ギリシアの思想、プラトニズムなども流行りました。それが西欧文化の合理主義、市民主義などにつながっていると思うんです。このルネッサンスの天才レオナルドが体現したリベラルアートは、今も様々な可能性を秘めていることでしょう。

今すぐに金になる表面っつらの学問だけを勉強しろっていうのは、とても近視眼的で、未来の可能性や創造性を根こそぎ刈り取る不毛な考え方でしょう。すぐに金になるイコールすぐに廃れるってことですからね。国家として教育に対してそういう発想をする限り、残念ながら日本はどんどんダメになっちゃうと思います。

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